読書メーター

  • BINさんの読書メーター

ブクログ

Powered by Six Apart

アクセスランキング

« 安土城 | メイン | ボウリング スプリットメイク »

2016年8月27日 (土)

宦官

宦官とは去勢された官吏のことです。

中国もの(特に三国志序盤)ではよく登場しますが、それは皇帝の側仕えとして使えており、愚帝であればあるほど親しい宦官を重用し、政治が乱れ、反乱へと繋がるからです。

なんで皇帝の側仕えとして働くかというと後宮で男がいると女官たちと不義を働く可能性があり、かといって女だけだと力仕事的な面で不便であるため、去勢されている宦官が使われたという事情があります。

※たまに性欲が失われず、女官と不義を働くのも居たらしい。

ということで宦官は皇帝に近しく信任されて重用される可能性があるため、自ら(というか親により)去勢することもよくあった(後で書く曹騰も末子ということもあり、親により宦官にされて、父親の曹節の読み通り皇帝である順帝に信任された)。

それ以外には刑罰としての宮刑(腐刑とも)により去勢されり、異民族の捕虜や献上奴隷として去勢されたりもする(前者の例としては司馬遷)。

だいたい宦官は金銭欲や権力欲が激しい愚物が多く、趙高(秦を滅亡に導いた。馬鹿のエピソードで有名?)、十常侍(後漢を滅亡に導いた。正史では12人いたとか)、黄皓(蜀を滅亡に導いた)という連中は王朝の滅亡を導くようなのもいる。

それに対して宦官の偉人としては、

・司馬遷(史記の著者)

・蔡倫(紙の発明者。正確には発明者ではないが、質が良く簡易に作成できる紙に改良した)

・曹騰(曹操の父曹嵩の養父で、多くの賢人を見出している)

・鄭和(明の時代に南海大航海を7回行っており、アフリカまで行ってる)

など何人かはいる。

さて、ここまではもとから知っていたのだが、最近後漢書を読んでいて、列伝47に欒巴(らんは)という人物がいて、そこにこういう記述があった。

「順帝の世に宦者(=宦官)を以て掖亭(後宮)に給仕し、黄門令に補せらるるも、その好みに非ざるなり。(中略)。後に陽気通暢(男性機能が回復する)し、上(天子)に白(もう)して退かんことを乞う。(後略)」

ちなみに欒巴はその後、官吏として太守をやったり、相(皇族が封される国の宰相)として善政をしいたり、学校をおこして推奨したりして活躍しており、最終的には天子に上書して極諫した結果、ぶち切られて詰問され、自殺している。

子供として欒賀という人物がいるので、確かに男性機能は回復しているみたい。

去勢されているはずなのに、男性機能が回復したとはどうやって回復したのか不思議でしょうがなかった。

が、今読んでいる小説(鄭和もの)の中で去勢される際に、陰竿だけ斬り、陰嚢は残したとあり、陰嚢が残っていれば隆々として蘇生することもあると書かれてました(あくまでも小説なので鄭和がそうだったわけではないが、そういう事例があったのかもしれない)。

ググった感じだと医学的には8才以下で去勢されて、かつが壮健で栄養が十分であれば、生殖器が回復することも有り得るのだそうだ。

ただ宦官の場合は定期的にチェックされているらしく、もし回復していたらまた去勢されたとかなんとかともある。

ちなみに宦官は日本にはなかったようです(あったかもしれませんが)。

黒岩重吾「鬼道の女王卑弥呼」では、三国志の倭人の項目(いわゆる魏志倭人伝)において卑弥呼のところで「道に事え衆を惑わした。年長で夫はいなかった。弟が国政を補佐した。王となって以来人と会うことは少なかった。1000人の従者が仕えていたが、居所である宮室には、ただ一人の男子が入って、飲食の給仕や伝言の取次ぎをした。」とあり、その一人の男子を幼いころからの愛人で、その男子が王として孤独に君臨する卑弥呼に対して心身ともに支えるために去勢して卑弥呼に仕えるといううまい設定をしている。

こういう感じで制度としてはともかく、宦官自体は居たかもしれないですね。

宦官の本も何冊か出ているので、そのうち勉強してみようかなと思ってます。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.eonet.jp/t/trackback/349117/33920013

宦官を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿