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2016年7月23日 (土)

二本松城

P1010721福島県二本松市にある二本松城(霞ヶ城)跡に行ってきました。

日本100名城の1つで、今どれくらい行ってるかなあとカウントしてみると21箇所行ってみるみたいです。

日本100名城は天守がないところもカウントされているので意外と行ってないところも多いです(吉野ヶ里遺跡がカウントされてるくらいなので)。

二本松城は郡山駅から東北本線福島行きで30分位のところの二本松駅から歩いて10分くらいのところです。

途中に丘があるので、それを越える必要があります。

二本松城は戊辰戦争のときに白虎隊のごとく二本松少年隊という12才~17才が動員されて戦ったところから有名?です。

が、個人的に知っていたのは戦国時代の頃に畠山義継(二本松義継)という城主が居て伊達政宗の猛攻を受けて降伏するも大半の土地を没収されることになった。

P1010715

それに対して恨んだ義継が政宗の父である輝宗に降伏条件の緩和を政宗に頼んでくれと願いに行った際にその輝宗を拉致し、その急報を受けた政宗が向かったところ、このままでは拉致されるので、輝宗が「儂もろとも殺ってしまえ」といって、その通りに政宗が両者ともども射殺したという話があります。

その後、政宗は二本松城を攻めるも義継の子が死守した結果、なんだかんだで撃退してます。

ちなみに江戸時代はもともと白河小峰城主だった丹羽長重の孫の光重が移封してきて明治維新まで丹羽氏の居城になってました。

で、この二本松城というか霞ヶ城公園に入り口には上の画像のように二本松少年隊の像があり、よくある写真ではよく少年隊だけよく写ってますが実はその後ろに女性の像もあります。

P1010727

これは出陣する我が子のために出陣服に丹羽氏の家紋(直違紋(すじかいもん))の肩章を万感の思いで縫い付ける母の像を表したものだそうです。

霞ヶ城公園は再建された石垣と箕輪門があります。

入り口のところもそうですが、全体的に松が多いというか、松ばかりです。

箕輪門を入ったところが公園?として整備されていて、霞ヶ池やるり池等があります。

ただ霞ヶ池は蓮かなんかが浮かんでいて池面が見えないし、るり池も濁っているのであまり景観は良くなかったかなあ。

またその池の近辺には小さな滝がいっぱいあります。

相生の滝、霞ケ滝、七ツ滝、布袋滝、洗心滝。

P1010752

霞ヶ池には結構な大きさの藤棚があります。

今の季節はもう緑ですが、藤の季節は5月ころなので桜もあるので、行くなら4月末とか5月初旬がいいかもしれない。

全体的に福島県は桜の名所が多いので、その季節に行くのがベストだと思われます。

また霞ヶ池に隣接するところに洗心亭という城内に唯一残る江戸期の建造物の木造茅葺屋根の茶亭があります(画像の上の方に見えるやつ)。

もとは「墨絵の御茶屋」と行ったそうですが、洗心滝に感じ入った丹羽家16代当主が洗心亭と改名したそうです。

洗心滝は滝の中でも一番高いところにあり、城内の滝の中では一番迫力はありました。

そして、るり池からちょこっと登ったところに霞ヶ城の傘松があります。

P1010760

別称「八千代の松」というアカマツの巨木で、根本周囲3m、樹高4.5mあり、地上1.6mのところで1本の幹から三方に枝分かれして傘状に広がってます。

樹齢は350年を越えるみたいです。

二本松市指定の天然記念物ですが、その向かい(西側)にこっそり同様に二本松市指定天然記念物であるイロハカエデがある。

こちらも樹齢は350~400年らしい。

紅葉の季節でないと目立たないかもしれない。

この傘松を超え、洗心滝を登ったところに見晴台があります。

今日は残念ながら曇りだったのですが、たしかに見晴らしがいい場所です。

晴れていれば、二本松市の登山スポットである安達太良山(標高1700m)がしっかり見えたはずですが、雲で覆い隠されてました(本丸跡でも同じですが)。

二本松城の本丸は標高345mの白旗が峰上にあるので、周りに比べて高いので本丸跡の見晴らしは非常に良い。

この見晴台から少し登ったところに搦手門跡と少年隊の丘に顕彰碑がありました。

P1010823

搦手門跡は登っていいのかわかりませんが、登れます。

この少年隊の丘からアジサイの小径(まだアジサイは咲いてましたが、枯れかけてました)を通って行くと、「日影の井戸」という日本の三井と言われる井戸があります。

他の井戸は千葉の「月影の井戸」、神奈川の「星影の井戸」とのこと。

看板によるとこれは『月影の井』縁起の中の「清水湧出して四時渇水することなし、伝言、大菅豊後守の水行場と又月かげの井と称して、鎌倉星の井、奥州二本松の日の井と共に日本三井一なりと言う」に由来しているとのこと。

昭和の初期頃までは俗称で底なし井戸、古老の言い伝えで「ひのゐ」、「蔭の井」と言われていたそうな。

P1010819

井戸の深さは16mで、今でも湧き水が出ているそうです。

さて、さらに登って行くと本丸跡があります。

もともとは室町時代の奥州探題(といっても4家ほどいましたが)であった畠山市の居城だった場所です。

今は石垣だけで、全面修築復元工事(総工費訳5億3000万円)が終わってます。

ここが霞ヶ城だと言わんばかりに石碑として「奥州探題畠山氏居城 霞ヶ城跡」と書いてます。

一番高いところなので、全方位見れます。

先に書いたように全面薄っすらと山が見えていい景色です。

雲がなければもっと景色がよかったかもしれない。

P1010814

ということで、二本松城をいろいろ見ながら周ってるとなんだかんだで2時間近く過ごしてました。

やはり来るなら春か秋がいいですね。

で、最後に二本松近辺として安達ケ原ふるさと村とか歩いて行ってみましたが、特別書くようなことがないので割愛します。

また二本松のグルメ的なものは特にありませんでしたが、ここでも食べれる「なみえ焼そば」を食べました。

P1010827

店は二本松駅の近くにある「杉乃家」。

注文したのはなみえ焼きそばとうな丼のセット(1650円)。

なみえ焼そば単品だと650円です。

浪江焼きそばの定義は

①中華麺より太い麺

②具材は豚肉ともやし

③濃厚なソース

だそうです。

うどんより細いかなあという麺でしたが、焼きうどんよりかは食べやすかった。

食いごたえのある焼きそばという点以外はあんまり普通の焼きそばと変わらないかなあという印象です。

ということで今日は二本松を歩いてきました。

今週で那須出張も終わりなので、他に行きたいところとして大内宿やあぶくま洞、相馬野馬追祭(今日開催!だけど予約していくべきところ)とかありましたが、断念しました。

次回行くことがあれば行きたいところです。

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