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2015年9月22日 (火)

内房一人旅その1(館山城)

Img_20150922_124101

長期連休なので当初は東北にでも行こうかと思っていたら、シルバーウィーク中どっかで休日出勤してもらうかもと言われたので東北はやめた(結局土曜日だけ出勤)。

そもそも先週は出張ばかりだったのでちょっと疲れてたのもあり、近場で日帰りで済ませることにした。

千葉県は城(といっても模擬天守)がそこそこの数があるので、千葉県に行ってみようと思った。

最初に行こうと考えた城しては、大多喜城、久留里城、館山城、関宿城、千葉城の5つ。

大多喜城と久留里城は内陸の方なので結構遠く、関宿城は北の方で埼玉県に隣接しているところということもあり、やはり遠い。

ということで今回は内房にある館山城と千葉城に行くことにした。

あとは+αでが館山市にある大福寺の崖観音と日本一でかい大仏がある日本寺に行ってみることにした。

ちょっと先走りますが、今回は不運続きで、おおまかに計画を決めて後は行き当たりばったりで済ませる私ですが、尽く失敗しました。

ということでまずは南の館山に行くために高速バスで新宿(正確には代々木)から高速バスで出発。

電車でぐるっと回るよりアクアライン乗った方が早いし、それだったら横浜から行った方が無駄が内容に思えるが、館山直通のバスは新宿発しかないので、若干遠回りしている。

この時期に高速バスを使った時点でちょっと失敗している。

Img_20150922_123402

新宿を予定通り9時に出発し、予定では11時くらいに到着予定だったのが、渋滞のせいで1時間遅れ。

12時前だし、館山駅で飯でも食うかと思っていたら飯屋が・・・ない(バスターミナルと反対側には3店舗ほどあり)。

電車やバスの時間を確認してみると1時間に1本・・・千葉を過大評価していたようorz

ということで昼飯を食わずに館山城のある城山公園へバスで移動。

標高72mの城山の上にある山城です。

本物の館山城は1580年に里見義頼により築城されて、1614年に里見氏が改易されて、館山藩はお取り潰しになっているのでかなり寿命は短かった。

里見氏は安房、上総の国を席巻した戦国大名で関東の覇者北条氏に屈することなく抵抗し続けて、なんだかんだでしぶとく生き残った大名です。

中でも義頼の祖父である里見義堯は全盛期を築き、房総半島全域近くを支配するところまで行っている。

中国の伝説の五帝の一人である堯(ぎょう)という字が着けられていることもあり、息子には同じく舜(しゅん)に因んで義舜と着けている。

民政の方にも力を入れて、万民君様として民に敬われていたそうです。

小国が大国に抗い続けているのが大好きな判官贔屓な私としては好きな武将の一人です。

PHP文庫の「里見義堯」は面白い小説でした。

この館山城や館山駅前で「里見氏を大河ドラマに!」とPRしておりましたが、面白いとは言え規模が小さいので難しいでしょう。

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話は大分それてしまいましたが、館山城は3層4階建てで、中身は南総里見八犬伝の資料館です。

言うまでも滝沢馬琴の長編小説で、「仁義礼智忠信孝悌」の玉を持つ八犬士(全員名前に犬がついている)が里見氏の危機を救う物語です。

勧善懲悪のわかりやすいストーリーらしいです(28年かけた大作とか)。

山田風太郎とかも書いているようですし、いつか読んてみたいところではあります。

ガンガンでやってた「里見☆八犬伝」とかも置いてあって懐かしく感じました(全く覚えてませんが)。

館山城の外観はよくある模擬天守という感じでした。

天守からの眺めは小高い山の上にあるということもありよかった。

若干雲がありましたが、天気もよく青い館山湾が映えました。

対岸の三浦半島は薄っすら見えましたが、伊豆半島までは見えませんでした。

空気が澄んだ冬にでも運が良ければ富士山見えるかもという感じです。

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最後は山を降りたところにある団子屋で団子3本食べました。

左からピーナッツ、みたらし、上総のり焼き。

ピーナッツが結構よかったのですが、全体的に温かい団子の方が美味しいだろうなと思いました。

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