読書メーター

  • BINさんの読書メーター

ブクログ

Powered by Six Apart

アクセスランキング

« 2012年7月 | メイン | 2012年9月 »

2012年8月

2012年8月24日 (金)

川越

Hi3e0359

先々週土日出勤したため、代休をとれと言われたので、本日とりました。

1日でグータラというのもよかったのですが、たまの3連休だし、でかけてみた。

本日の目的は関東7名城の一つ、川越城。

関東7名城といってもどれも天守なし。

川越には川越城本丸御殿があり、それを目指していくことにした。

他にいく候補地として同じ埼玉で「のぼうの城」で有名になったっぽい忍城も考えた。

が、ちょっと遠そうなので、とりあえず川越城にした。

川越には池袋から東武東上線で40分くらいで行けるので、トータルでも1時間半もかからない程度なので、そんなに遠くはない。

また例のごとく駅から徒歩で適当に向かった。

方角は大きくは間違ってなかったが、ちょっとそれたのでまずは喜多院を目指した。

喜多院と同じ敷地には千波東照宮がある。

東照宮はいっぱいあるが、何気に日光、久能山と並ぶ三大東照宮の一つらしい。

が、日光東照宮に比べると大分しょぼく、赤い東照宮。

あの天海によって、法要が行われ、同じ年に創建されたそうだ。

童謡「あんたがたどこさ」発祥の地と言われる。

本殿のまわりには歴代の川越藩主が献燈した石灯籠が並んでおり、忠臣蔵でおなじみの柳沢吉保の名もありました(こやつ以外は松平だったのでちょっと目立ちました)。

本殿に家康公像があるらしいが、当然のごとく入れず、拝殿しかみれない状態でした。

そのお隣に喜多院がある。

別名川越大師(一番上の写真)。

結構でかい。

天海がここの住職になったりしており、小さいけど慈眼堂に木像が安置されている(当然見れないけど)。

喜多院自体は良源(慈恵大師)が祀られている。

建物のほとんどが重要文化財に指定されているし、結構広くて中にはホタルがいるという池もある(5~7月ぐらいらしい)。

その中に日本三大羅漢の一つ、五百羅漢があるが、見るのにお金がかかりそうなのでいかなかった(日本三大羅漢とは知らなかったし)。

羅漢というのは阿羅漢のことで、仏教における聖者のこと。

その石仏が538体あるというので、それは壮観そうだ。

伝説によると、深夜に羅漢の頭を撫でると一つだけ温かいものが必ずあり、それは亡くなった親の顔に似ているという。

うちの親生きてるし、そもそも深夜に入れるかどうか不明。

この喜多院を出てまっすぐ北上すると(多少じぐざぐするが)、川越城本丸御殿がある。

その前に進行方向から左(西かな?)にそれて、富士見櫓のほうに行った。

川越城には天守がなかったので、富士見櫓の方で監視とか行っていたという。

今はもうないし、ちょっと小高いところにある。

他の建物とかがなければ確かに見張れるのだと思う。

引返して元の地点に戻り、さらにそのまままっすぐいくと、三芳野神社がある。

ここは童謡「通りゃんせ」の歌詞の発祥の地という。

小さな神社。

Hi3e0371そこの看板に川越城の七不思議が書かれている。

これを読めば、本丸御殿と同じ敷地にある初雁球場とか初雁公園の初雁の意味がわかる。

そしてそこを出ると、目的地の本丸御殿があった(左の画像)。

さあ、いざ行かんと思って行ってみると、休館日と書いてあったorz。

ググってみると、休館日:月曜日、年末年始、第4金曜日←

たいしたことはないと思うんですが、残念でした。

それにしもてよく晴れていたので、光がきつい。

見る分には晴れの方がいいですが、写真撮影は曇りがいいですな。

しょうがないので、次の目的地として北上して東明寺に向かった。

その途中に市役所があり、そこに太田道灌像がある。

何で太田道灌像がこんなところにあるのかというと太田道真、道灌親子が川越城を築城したから(その前から城あったとかなかったかともいうが)。

そして目的の東明寺に何があるか・・・ここは川越夜戦があった場所だ。

Hi3e0378
そのため川越夜戦は東明寺口合戦ともいう。

一応、知らない人のために簡単に川越夜戦を説明。

戦国時代の初期の頃の関東地方は旧勢力である関東管領(公方という権力だけある人の執事)の上杉氏が覇権を握ってました。

この上杉にも山内上杉と扇谷上杉という二派があり、それが互いに争ってました。

そんな中、新興勢力で下克上の申し子的な存在である北条氏が伊豆から相模、武蔵とジョジョに勢力を伸ばしてきました。

所詮名声だけの上杉家なので、新興勢力の北条家2代目でちょっと影が薄いけど実は有能な2代目の氏綱にこてんぱんにやられ、江戸城やら扇谷上杉氏の本拠地の川越城が奪取されます。

その氏綱が死に、3代目の氏康が後を継ぐと、駿河の今川義元が両上杉氏と組んで北条氏を挟み撃ち。

氏康は今川対処に出陣している中、上杉軍8万が川越城を包囲。

そのときに川越城に居たのは北条綱成(氏綱の娘婿)で兵は3千。

8万相手に数ヶ月間持ちこたえるが、兵糧も残りわずかとなる。

氏康は今川と和睦して、8千の兵を連れて救援に向かう。

それでも8万VS1万1千。

これは無理だなと判断した氏康は降服の使者を出すが、今まで散々やられてきた北条家に反発してこれを却下。

さらに下手に出て、酒やらなんやらを送る。

こんな風に油断させといて、城兵とも示し合わせて夜襲を仕掛ける。

このとき綱成は「勝った、勝った」と叫びながら突入し、敵を撃破していったという。

このときの上杉軍の死者は1万数千で、扇谷上杉家の当主が戦死し滅亡、山内上杉家も急速に勢力が衰え、北条家が関東に覇を唱えるきっかけとなった。

これが川越夜戦(小説とか読んで知ったことなので、多少誤りがあるかもしれません)。

写真の石碑の後ろに軽く解説が書いてます。

私は基本的に信長とか秀吉より、北条とか武田とかの方が好きなので、桶狭間より川越夜戦のほうが好きだったりします。

Hi3e0382
一応、これで当初の目的地は行ったので、南下して一番街エリアに行った。

ここは昔ながらの建屋が並ぶお店がある通り。

たぶん観光としてきた場合、多くの人が訪れるところ。

実際、他のところは平日ということもあり、あまり人はいなかったけど、ここには修学旅行?か遠足かわかりませんが高校生ぐらいの集団がいたり、家族連れが見られた。

左の写真は指定文化財の「時の鐘」。

今でも1日4回鳴るそうだ。

今から400年前の川越城主酒井忠勝によって創建されたのがはじめで、今は4代目。

ちびっこが夏休みの宿題なのか時の鐘の絵を描いていた。

この近辺に食べ物やがちらほらある。

川越名物はなぜか知りませんが、サツマイモです。

サツマイモ料理が多い。

とりあえず私が見たのは、いもそうめん、いもうどん、いもラーメンなど他にもいも主体の懐石料理とか、いもが多かった。

今は夏なのでいものソフトクリームやカキ氷?もあった。

そんな中で私が狙っていたのは「右門」という店の「いも恋」

さつまいもの上につぶ餡を乗せ、それをもちもちした生地で包んだおまんじゅう。

それも温めてから食べるもの。

時の鐘の隣にもありましたが、それとは別のところにある右門の店の中に入って、食べた。

4時前くらいと凄まじく中途半端な時間なので誰も入ってなかった。

大体の人はおみやげで買っている感じかな。

1個160円とちょっと高いようなきもするけど、おいしかった。

さつまいもと餡があってましたが、それよりも生地が非常においしく感じました。

確かにあったかい方がおいしそうな気がする。

お土産で買おうかなと思ったが、日持ちするのは冷凍だし、冷凍だとなかなか持ち運び難しいなと思い断念。

まあ欲しければ、インターネットでも買えるみたいだから、とりあえず買わなかった。

あとは、そのまま川越駅まで歩いて帰宅した。

今日もなかなか歩いた・・・

2012年8月18日 (土)

NEAT

NEETではなく、NEAT。

NEATはno exercise activity thermogenesis(非運動性熱産生)の略。

これは基礎代謝とか有酸素運動等以外によるエネルギー消費のこと。

たとえば、炊事洗濯とかとにかく何かしら動いたらNEATです。。

このNEATを増やせば、特別な運動をしなくても肥満予防や糖尿病予防できる可能性があるという説がある。

一つ一つの運動はたいしたことはないけど、ちりも積もれば山となるという感じでトータルで見ると結構な消費量になる・・・かも?

少ない人で1日300kcal、多い人で800kcalなので、確かにでかい。

このNEATを増やすためにはどうすればいいか、無駄な運動をしろという。

たとえば、エレベーター使わず階段で登ったり、買い物は車使わず歩いていったりとしたちょっとした不便を選べば良いと本には書いてあった。

基本的にやっていることだが、やせない・・・

2012年8月11日 (土)

2週間ぶっつづけの仕事

現在、仕事で愛知県豊田市の某大学に来ています。

豊田市は・・・田舎、田んぼばっかりです。

愛環線は20分に一本しかないし、終電は11時半くらい。

そして愛知県だから暑い。

先の金曜日から1週間一斉休暇期間ということでお休みで、その隙にネットワークの更改をするお仕事です。

そのため、休みの土日も出勤なので、2週間ぶっ続けの仕事となります。

なんだかんだで就職して6年目ですが、2週間ぶっ続けというのは初めてです。

マシン室は室温22度と以上に冷え切っており、上着がないとかなり寒い(上着どころか半そでカッターシャツだけ。私だけ出張できているので、上着なんか持っているわけない・・・)。

そして外に出たら30度後半から40度くらいいきそうな暑さでこの寒暖差に耐えられるかどうかちょっと心配。

今、1週間近く経っているが、体力的には意外とまだ余裕がある(連日終電一本前ですが)。

やはり前もって知っているから覚悟ができており、その分余裕ができるんだと思います。

直前の金曜日の夜にでも土日よろしくとか言われたら、絶対やる気なくなって果てしなく疲れるんだろうなと思います。

まだ後1週間あるけど、無理しない程度に無難にやっていきたいと思います。

2012年8月 4日 (土)

犬山城

Hi3e0333本日最後のお城は国宝犬山城。

現在は江戸時代までに建造された天守が現存しており、国宝指定された4城の一つ。

姫路城、松本城、彦根城、犬山城で、幼い頃に姫路城にいったような気がするので(記憶にない)、一応全部制覇。

一応、そのうち記憶を上書きするために姫路城に行くとしよう。

別名、白帝城という(三国志好きなすぐにわかるはず)。

李白の詩から荻生徂徠が命名したらしい。

信長の叔父さんの織田信康が築城。

犬山は名鉄岐阜駅から名鉄犬山線で30分くらいの犬山遊園駅から徒歩10数分くらいのところ。

木曽川沿いに進むとOK。

山の上にあるが、道沿いに進めばよいので、山道じゃなくてそんなに大変ではない。

途中、三光稲荷神社というのがあり、伏見稲荷神社ほどじゃないけど鳥居がたくさんあり、そ
こを通っていけば犬山城への近道となる。

そして犬山城に到着。

そんなに人は多くなかった。

現存ということもあり、松本城のように階段は急だったし、すべりやすい。

靴は脱ぐので、ついでに靴下も脱いだ方がよさそう(多くの人が靴下まで脱いでた(係員が言ってたけど無視してしまったとかかな?)。

Hi3e0336
これもまた天守閣からの眺めがいいです。

とくに木曽川向き。

風もあって涼しい。

ただし手すりが非常に低いので、結構危ない。

高所恐怖症の方にはきついかも。

ここでのんびりするのもよさそうだ。

この木曽川の反対側から写真を撮るとよさそうだが、体力が尽きた(というより足が痛い)ので断念。

これで愛知城廻は終了。

なかなかハードでした。

真夏で日差しも強く、良い感じで焼けました(やけどだな)。

最後は犬山駅から名鉄で名古屋に到着(30分程度)。

つぎは岡崎城とか掛川城、浜松城など三河、遠江の城に行ってみたいもんです。

岐阜城

Hi3e03252城目は岐阜城。

岐阜城は稲葉山城ともいい、1201年に二階堂行政により山上に砦が作られたのが始まり。

一回廃城となるが、15世紀に美濃の守護代斎藤利永が再建。

斎藤妙椿とか斎藤道三(その親父の長井新左衛門尉も)とか信長とか有名どころが居城とした。

岐阜は清洲から東海道線に乗って20分弱でつく。

岐阜駅には金の信長の像がある。

岐阜城は岐阜公園の金華山にあり、岐阜駅からはそこそこ離れている。

バスで行こうかと思ったが、待つのが面倒くさくなったので単純な道だし歩いて行ったれと思い、歩いた。

岐阜の気温は34℃と表示されていて、猛烈に暑かったが、途中までアーケードがあるので、直接日差しにあたることはない。

歩いていると、280円弁当屋を発見した(230円も250円の弁当もあるみたいだが)。

名古屋の千種にも名古屋一安いという弁当屋(250円)がある。

歩いて適当に見回していると山の上にひょっこり城が見えたりする。

それもはともかくてけてけ歩いて、約40分で岐阜公園に到着。

入ってちょっとしたところに板垣退助の銅像がある。

というのも板垣退助はここで襲撃されて、「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだとされる場所だから。

さらにちょっと進むと信長の屋敷の発掘現場が見れる。

すでに疲れていたのであまり奥には行かなかった。

そしてロープウェイで、頂上へ。
ロープウェイは10分間隔で運転していて、往復で1050円。

なにげに結構高い。

城とかってだいたい5時くらいに閉まるけど、ここは22時までやっているので、夜景が見れるのもよい。

さらに今日は長良川、それも城の近くで花火大会があるという。

城の上から花火を見るといいんだろうなあと思ってはいたが、今日横浜に帰るつもりだったので断念。

もし行く機会があったら、花火大会のある日に夜を狙っていくのもいいでしょう。

同じことを考えている人は多いと思うが。

ロープウェイに乗って数分で到着(基本的に家族連ればかり・・・いつものことだ)。

ロープウェイ乗り場からすぐかなと思っていたら、ちょっと登らなければならない。

仕事帰りということもあり、服は私服だが靴は革靴なので、山道を登るのはなかなかしんどい(サンダルの人もいたけど)。

やっとのことで岐阜城に到着。

白くてなかなか見てくれは綺麗な城。

Hi3e0328
入場料は200円。

中は史料ばかり・・・。

天守閣からの眺めは、他の山よりも高いところもあって良い。

柵があって見にくいけど長良川を見ると特に良い景色。

花火大会にそなえてか反対側にブルーシートが見受けられる。

山頂ということもあっていい風が吹いて気持ちがいい。

この風景を見にくると良いと思います。

その後、城を出てロープウェイ乗り場の近くにある展望レストランで食事。

メニューの一番人気に「信長公どて丼」というのがあったが、水分とりすぎで食欲がそこまでなかったので、「飛騨牛カレー」を食べた。

この展望レストランも展望ということもあって眺めがいい。

あとはロープウェイで降りて、岐阜公園から名鉄岐阜駅までバスで戻った(200円)。

清洲城

Hi3e0292
今週から出張で名古屋に来てます。

そこで最初の休みに、城廻をすることにしました。

出張外のホテルになるので、安いカプセルホテル(3150円)にしました。

その日(金曜日)の晩飯はリッチにひつまぶし(3100円)を食べました。

ホテル代と変わらない・・・

それはともかく最初の城は清洲城。

清洲城は1405年に、管領斯波義重により築城。

この城から信長が桶狭間に向かったように10年間清洲が本拠地だった。

その後も清洲会議とかでたびたび登場するが、1613年に名古屋城の完成とともに廃城となった。

で、清洲は名古屋から東海道線の岐阜行きで2駅。

駅から見える範囲は畑とかで田舎っぽい。

駅から出て右に線路沿い(名古屋向き)に進んで15分くらいでたどり着きます(看板あるので適当に行ってもたどり着けました)。

入場料は300円。

中は信長関係の資料ばかり。

NHKの大河ドラマで信長役の俳優が来ていた服が飾っていた。

また鎧を着られるイベントもあるので、おひまなら着てみるとよいでしょう(なぜか赤い鎧でちょっとしょぼい気がする)。

もっと違う方向から撮ってもよかったかなとちょっと思った。

その後、写真の橋を渡って左に進むと清洲公園があり、信長公銅像+濃姫の銅像があった。

Hi3e0312
ちなみに清洲城を出て右に進み、清洲橋のところで斜め右に進んでJ&Kという喫茶店(もうつぶれてるが)を左折すると、鳥山明のバードスタジオがある。

その区画の4分の3ぐらいが鳥山家のようだ。

鳥山の表札のところに「これまで文字のみのサインに限り、引き受けてまいりましたが諸事情により、すべてを受付できなくなりました。わざわざお越しいただいた方には申し訳ありませんがどうぞご理解くださいませ。ありがとうございました。」と書いてある。

ついでに行ってみるといいかもしれない。