読書メーター

  • BINさんの読書メーター

ブクログ

Powered by Six Apart

アクセスランキング

« 2009年10月 | メイン | 2009年12月 »

2009年11月

2009年11月22日 (日)

武田勝頼

Photo 新田次郎著「武田勝頼」を読みました。

武田信玄を読んだ後にそのうちに読もうと思っていたら新装版で店頭に並んでいたので買ったものです。

武田勝頼と言えば、武田信玄の後継者で最強の騎馬兵団を持っていたのに、長篠の戦で織田、徳川連合軍に鉄砲で破れてしまった人物。

鉄砲が待ち構えているのに馬で突っ込んでいった凡将のように見受けられる。

しかし、武田信玄が落とせなかった高天神城を落としているところから見ると、そこまで凡将でないような気がしていまいち実力がわからない人という印象だった。

武田信玄を読んだ後に考えたときには、人を見る目がある武田信玄に1軍を任されているところを見ると、どう考えても凡将には私は思いました。

将としては優秀でも将の将としては駄目だったのかと考えました。

そんな考えのもと、武田勝頼を読みました。

読んだ印象としては、悪かったところのほとんどは武田御親類衆、特に穴山信君のせいにしているように見受けられます。

若くして頭首になったから、年長の親族に対しては頭が上がらなかったことと、武田信玄が後継者として勝頼を育てていなかったから親族が頭首としてなかなか見なかったことはありえそう。

特に穴山信君なんて最後には裏切る男だから、武田家が滅亡への道への分岐点においては、すべてこいつのせいにしている。

逆に真田昌幸(幸村の親父)はすべて適切な進言をしているところは持ちあげすぎなような気もしました。

もともと優秀であったし、最後まで武田に忠節をつくしたからでしょうか。

基本的に武田は、第4回川中島の戦で信玄の弟信繁・山本勘助や、長篠の戦(正確には設楽原の戦か)で武田四天王の3人、山県・馬場・内藤と優秀なやつが盾となって死んでしまっているのが痛い。

勝頼自体は悪いところは全部武田御親類衆のほうにもっていったせいもあるが、これといって光っているところがなかった。

御親類衆の意見には逆らえず、自分の意思を貫けない決断力のない人物に思えました。

たしかにこの本を読むことで、勝頼が愚将ではないことをあとがきにあるように弁護できていたとは思いましたが、勝頼が実力があったかどうかはやはりまだよくわかりません。

もう少し武田信玄が長生きして、将として活躍し御親類衆や信玄以来の家臣団に実力を示せて入れば、全然違ったんでしょうねえ。

最近、結構戦国時代の小説を読んでいるせいか、だいぶ分かってきたような気がします。

あんまりわかっていなかったころに宮城谷氏の「風は山河より」「新三河物語」を読んだので、いまいちわからなかったところがあるのですが、今読めば新しい発見があるかもしれない。

少なくとも「武田信玄」「武田勝頼」を読んだときの菅沼定盈や大久保忠世の印象は大したことない感じなので、もう一度ちゃんと読んでおきたいと思います。

2009年11月20日 (金)

第3期肉体改造計画part2 3日坊主中

表題のとおり、3日坊主中というより、2日やって止まってます。

というのも2つの要因があります。

1つは仕事が忙しくて、だいたい24時くらいに帰ってくるので風呂入ってすぐに寝るという生活が今週続いたから。

まあ、これはいうほど大した理由でもない。

2つ目はすさまじい筋肉痛に襲われているためです。

日曜日に腕立て伏せをやって、その次の日はまだ筋肉痛が着てなかったので、仕事から帰って腹筋をやった。

そして、就寝して何時かわからないが痛みで目が覚めた。

両肘(正確には肘より少し上)が異様に痛かった。

それくらい痛いかと言えば、パンを食べようとパンを口に近付けたら痛い。

ちょっと重めのドアを開けようとして腕を曲げた状態から押すとしたら痛い。

顔洗うのも痛い。

とにかく肘を曲げる行為は結構痛いのです。

なかなか厄介で、ちなみに今もだいぶましにはなったが痛いです。

原因としては腕立ての回数というよりは、速さでしょう。

30秒で50回もやるのは、最近腕立てをやってないどころか、ろくに腕の筋肉を使っていないやつにとってはすさまじい負荷だったのだろうと思います。

ウォーミングアップなんてやってませんし。

次から腕立てをやる時はもう少しペースを落としてやろうかと思います。

一応、この痛みがとれたら腹筋→スクワットと一日ずつやってから腕立てをやろうかと思ってます。

2009年11月15日 (日)

第3期肉体改造計画part2開始

特に新型インフルエンザにかかっていなさそうなので、本日から始めました。

とりあえず初日なんでここに書いときます。

記録はまたそのうちHPにでも載せようかと思います。

3分間腕立て伏せをやりました。

最初の30秒で50回

2分までの1分30秒で20回

最後1分で7回

の計77回できました。

全盛期が150回だからその半分75回程度できればいいなあと思っていたらそれくらいだったのでなかなか満足です。

最初の30秒で50回もやったので、残りの2分半は結構きつかった。

もう少しペース配分を考えたらできるかもしれないが、今後もこのペースでいきます。

運動後にココア味のプロテインを牛乳に溶かして飲もうとしたら、結構固まって残ってしまった。

今度からは運動前にHOTで作って、さましておこうかと思います。

2009年11月 9日 (月)

第3期肉体改造計画part2

さて、小山での仕事が忙しすぎて中断していた肉体改造計画を再開しようかと思います。

しかし、小山が終わって横浜に帰ってきても、依然忙しくて家に帰ってくるのが、早くて22時、遅くて23時半といったところです。

そういう事情なのであんまり時間をかけたくないと思い、筋トレの時間を決めてやろうかと思いました。

筋トレをする時間は3分。

はるか十数年前にはやった筋肉番付の3分間腕立て伏せ等をやろうかと思ってます。

基本的にこれは最初の一分間くらいはほぼ全力のスピードでやって、後はできる限り頑張るというやつなので、ある意味ファーストトレーニング→スロートレーニングになっているので、以前に紹介した第3期肉体改造計画と合っている。

また、これで回数をカウントしていけば、成長具合がわかり、筋肉がついてきたことがよりわかるようになるのではと思います(ペース配分を覚えるだけでも回数は増えるでしょうが、それは無視)。

ちなみにはやっていたころの私の最高記録はなんだかんだで150回以上はできていました。

腕立て伏せ以外の腹筋(普通の腹筋は嫌いなので、V字腹筋)とスクワットは、最初の一分は全力でやって、残りの二分は超スローペースでやろうかと思います(回数は特に数えない予定です)。

なので、やり方としては

帰宅後バナナを食べる→2,30分後くらいに3分筋トレ→そのあと、すぐにプロテイン入りの牛乳を飲む→シャワー浴びる→柔軟

で、筋トレの内容は一日の一種類で、腕立て→腹筋→スクワットの周期で実施しようかと思う。

この計画を本当は今日からやってもいいような気がするのですが、

うちの課長が新型インフルエンザにかかってしまい、私は新型インフルエンザの濃厚接触者ということになってしまい、ある意味要注意人物になってしまったので、一応今週はひかえておこうかなあと思います。

ちなみに今のところ、私にインフルエンザの症状はありません。

2009年11月 8日 (日)

高橋紹運 戦国挽歌

Photo 高橋紹運(たかはしじょううん)は、戦国時代九州の大友家に仕え、立花道雪とともに大友家の双璧と言われた人物。

秀吉により、本田忠勝とと無双と並び称された立花宗茂の実父。

島津軍五万に対して753名で玉砕した。

というところまでは知ってました。

どんな人物だろうと思い、読んでみた。

もともとは大友家の名家、吉弘家の二男で、吉弘鎮理(よしひろしげただ)。

この時代の人はほとんどの人が名前変わるからなかなか厄介です。

読んだ感じでは、兄(吉弘鎮信、彼も優秀だったようだ)が選んだ嫁さんが痘瘡にかかって醜くなったから断ってくれてもいいと行った嫁の兄(斎藤鎮実、鎮信の親友)に対して、「武門の名家斎藤家の血筋をわが子孫に受け継がせ、また兄が約束したことである。容姿のみで婚儀をするわけではない」、龍造寺家や島津家が勢力を伸ばし落日の大友家から降伏するものが続出する中で、怯まずに大友家の今までの厚恩に報いようとする姿からは信義に篤い将であったと思う。

逃げ出す時間も合ったのに、逃げずに主とともに死のうという士が753名もいたところもあり、カリスマ性があり、統率力が優れていたのだろうとは思う。

ただ、戦とかで活躍するシーンがほとんどないので、本当に名将だったのかよくわからない。

最後の籠城戦で、島津側に5300名もの死傷者を出したのだから名将と言えるだろうか。

また、この小説の大半は龍造寺隆信の躍進など、高橋紹運とは直接は関係ない九州勢の説明であるため、高橋紹運としては内容が薄いような気がする。

高橋紹運スゲーと言うよりは、龍造寺隆信ヒデーという印象のほうが強い。

ちょっと期待外れ。

この小説の著者西津弘美氏の作品には立花道雪と立花宗茂もあるが、どうしようかと思っているところ。

堂門冬二の立花宗茂を読もうか、悩み中です。

2009年11月 7日 (土)

秘本三国志

陳舜臣著の秘本三国志を読みました。

今年、中公文庫から新装版で出たもので、だいたい陳舜臣氏の本は中公文庫からも出ています。

基本的に三国志ものの小説では、前半の主人公は、三国志演義をベースにしているものは大半は劉備、正史に演義を混ぜている場合は曹操、または宮城谷氏みたいに特に主人公が存在しないもので、後半の主人公が諸葛孔明というのが普通です。

この陳氏の三国志の主人公は小容という張魯の不老の母親です。

そもそも小容という名前自体も張魯の母親の説明の中にあった単語だそうです。

この小容が全国を回りながら、全体的に話を進めているスタンスです。

この作品では仏教やら、五斗米道がはやっているが、その辺は気にしてはいけない。

陳氏は「三国志」「後漢書」「資次通鑑」や巷説を交えて自己流に読み、自己流に作った作品だそうで、陳舜臣が作った三国志ということで、「秘本」と編集部の人がつけたらしい。

捜索のところとしては曹操と劉備の共謀しているという設定はよかった。

だが、孔明と仲達が・・・・しているのはちょっと納得がいかないような、いくようなところもあるが、曹丕と曹埴のところノ設定もいいといった感じで、オリジナリティが結構満載だった。

基本的に三国志ものは世の中に一杯あり、もともとの三国志演義にしてすでに個性が抜群なところもあって、オリジナリティを出して作品として出すのはなかなか難しいと私は思ってます。

龍狼伝や火鳳燎原のように思いっきり設定を変えたりしないと独創性が出ないのではと思わなくもない。

そんな中、秘本三国志は史実を変えずうまく創作していると感じた。

さすがに「三国志」の決定版と言われているだけのことはある。

また、作者が中国人(日本出身)であることもある意味特徴的なのだ。

基本的に日本人は、忠臣蔵とかのように何かしらの使命を果たしたのちは自決するのいうのがお約束であり、感動するところである。

それに合わせて吉川英治の三国志では、貂嬋が連環の計で呂布に董卓を殺させた後、自殺するようにしている。

本場の三国志演義では実は全然自決していなくて、むしろ呂布と一緒に徐州までちゃんと行っているのだ(正妻じゃなくて、妾だけどね)。

呂布が死んだ後はどうなっているか不明。

巷説では関羽と曹操が取り合ったというのもあるらしい。

実際に関羽と曹操が取り合ったのは呂布の配下のしんぎろく(名前変換するのが面倒くさいので変換してません)の妻で、結局曹操が奪って息子まで産ませていたりする(連れ子だったかもしれない・・・)。

このネタを使って、三好徹氏の「興亡三国志」では関羽と貂蝉がお互いに一目ぼれして、関羽が曹操に貂蝉がほしいことを訴えた後、曹操が貂蝉を引見すると貂蝉は曹操に自分が狙われていると思い、自害をするという日本人が好きな方向に巧みに持って行ってます(当初は関羽が貂蝉に惚れているというのが三好徹氏のオリジナルと思って感動していたのだが、元ネタがあったのかとちょっと残念)。

それに対して、陳舜臣氏のやつは関羽が巧みに貂蝉を奪ってハッピーエンドを迎えてます(何気に娘まで産ませている。関平の母は別だと思われる)。

この辺が中国人的。

私はやはり前者の展開のほうが好きだ。

さて、次の三国志ものとしては陳舜臣の「曹操」とか曹一族のやつでも読もうかと思います。

たぶん、読むのはだいぶ先になると思いますが。

2009年11月 1日 (日)

ローカルディスクの容量確保(復元ポイントの削除)その2

前回、復元ポイントを削除することでローカルディスクの容量確保ができることを書きました。

が、しかし、所詮古い復元ポイントを削除しているだけなので、時間がたてばまた容量が増えていきます。

私はすでに元に戻ってしまいました(3日しか経ってないのに)。

そこで、この復元ポイントの量自体を小さくすればいいんじゃないかと思いました。

正確にはシャドウコピーの記録域というのだと思われますが。

まずはじめに使用されている容量を確認しましょう(Vista版しか調べてません)。

コマンドプロンプトを「管理者として実行」する。

(スタートメニュー→すべてのプログラム→アクセサリ→コマンドプロンプトを右クリックして「管理者として実行」を選択。管理者権限をもっているユーザーならスタートメニューの一番下の検索エンジンのところで「cmd」とうてば出る)

ここで、「vssadmin List ShadowStorage」と入力すると、下図のように表示される。

Photo

左図のようにシャドウコピーの領域として2.7GBほどで、現在そのうち2.4GBも使用しています。

復元するようなことがなければ、この領域は無駄となります。

それでは、次に使用可能な容量の最大値を変更してみよう。

同様にコマンドプロンプトにて以下のコマンドをうつ。

vssadmin Resize ShadowStorage /For=C: /On=C: /MaxSize=1GB

For=C で、対象とするドライブを入力する

On=C で、保存されるボリュームを入力する

MaxSizeでは指定したい最大値を入力する

For=、On=で指定するボリュームは上で確認した内容と一致した値でなければなりません。

このコマンドを打つと、下図のように1Gとなります。

Photo_2

最後に、普通のディスククリーンアップをすることで、容量が確保される(これを実行しないと「休止状態の一時ファイル?という状態で残っているようだ(1.9Gほど残ってました))。