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2007年3月

2007年3月29日 (木)

風は山河より

L7y_l6kx 徳川家康の配下で武田信玄率いる3万に対し野田城でたった400で1ヶ月間戦い続けた英雄、菅沼定盈を描いた作品。
敵将である武田信玄や織田信長にも「城を守ること墨家の如く」みたいに絶賛されている。
正確には菅沼定則、定村、定盈の3代を主人公とした作品で同時に徳川家康の祖父松平清康らも描かれている。
あまり清康とかの時代のことは何も知らなかったので非常にわくわくしながら読めました。
また大河ドラマ「風林火山」でもでてくる武田信玄、今川義元や雪斎も登場するのである意味時期的には非常にマッチしているのではないかと思う。


基本的にこの著者の書き方は人物同士の会話が少なく、その心情を描いたり行動で示していることが多く、またその人物に関してやたらと説明する傾向がある。
だから資料とかを調べたりして非常に大変だったとあとがきに書いてました。
また著者へのインタビューで歴史小説を書く面白さについてこのように書かれていた。

歴史小説は歴史的事実により縛られている。そのためすべてを自由に書くことはできない。またその事象が起こるにはその必然性というものがありその謎を解いていくのが面白い。

適当に要略するとこんな感じでした。
これを読んだ時にある意味、理論家と同じではないかと思った。
私(元ですが)達は観測事実を説明するために、その背景も考慮してもっともらしいモデルはどのようなものかと考えている。
良い結果がでたときは本当に嬉しかった。
できなかったらどうしようとか本当に心配した(院生には締め切りがあるし)。
こう考えるとますます一緒に思えてきた。

2007年3月27日 (火)

10km達成

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歓送会の際に買って貰ったランニングシューズで走りに行きました。
アディダス アディゼロBR2というシューズで7500円くらいです。
このシューズは非常に軽く(STEPに買いに行ったときにはおそらく一番軽かった)、結構弾みます。
今までテニスシューズっぽいので走っていたのですがやはりこちらの方が走りやすい。

某天皇陵の周りを今まで2週しか走れなかったのですが、頑張って3週走れてさらに以前よりラップが1分ほど速かった。
1週が2.85kmでそこまで行くのにおよそ1km強なので、およそ10km走りました。
デブでも10km走れるものだ。
ちなみに3週で57分だったので時速9kmくらい。
デブにしては頑張ったでしょう。

2007年3月24日 (土)

修了式

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修士の場合、卒業ではなく修了なので卒業式ではなく修了式とタイトルにつけました。
私の研究室のほかのメンバーは来ないだろうと思い一人で行きました。
就職する知人は大概来ていたようで、逆に進学する知人は見当たらなかった。
就職する知人は皆大阪から出るようで引越しとかが大変そうだった。
だいたい会社から引越し代はでるそうなんですが、I君のところは自腹だから郵送にしたとか言ってました。

式に出席したところでここで学位記がもらえるわけでもないので出る意味も言うほどないのですが、就職するから最後の記念にとか、他の研究室の就職組との最後の顔合せなので行って良かったと思います。


追記
スーツで行ったのですが、なぜ正装というとネクタイをつけるのか。ネクタイをつけるようになったのはなぜか。
調べろといわれたので調べました。
調べたことはネクタイに書いときました。

2007年3月21日 (水)

歓送会

ついに送られることになりました。
大学、大学院と6年間もよく通ってきたものだと思いました。
さらに学んだこととは直接関係ない企業に就職します。
研究して学んだことをどういかせるかわからないのですが、適当に頑張ります。
みたいなことを歓送会の最後の挨拶として言いました。
何を言おうかと前日から考えていたのですが、結局アドリブで言ってみました。
また教授から一言いただきまして、私の修論はまだ研究としては途中で後1年頑張って研究すれば面白い研究になっていた。仕事に飽きたらまたドクターとして来れば、みたいなことも言われました。
自分の研究が認められてさらに期待されたというのは嬉しい。
隠れて研究を続けようかなという気になりました。



ちなみに歓送会の場所は千里中央の鷹ヶ巣という焼肉屋です。
病み上がりであまり飲めず食べれなかったのが大いに残念です。
久々の店での焼肉だったのですがあまり食べれなかったのが本当に無念です。

2007年3月17日 (土)

布団の中の温度

風邪をひきました。
医者に行った時の診断は上気道炎。
咽喉がかなりはれていました。
つばを飲み込むのも痛かった。
この炎症が気管の方へ遷延していくと咳や痰がでて、鼻の方に遷延すると鼻水が出るそうです。
熱も38.4度くらいまででました。
平熱が低いので3度ほど高いのですが、結構余裕があったみたいです。

38.4度ほどでて布団の中で寝ているとやたらと厚く、すぐ汗をかいて良いのですが、どれくらいの温度なのだろうと気になったので測ってみた。
温度計として時計についている温度計で測ってみた。
当てになるかどうかはわからない。
とりあえず室温は13.6度だった。
私の横にとりあえず時計をほっといて、一眠りした後の温度を見てみた。
すると35.4度。

想像以上に高い温度だった。
あとは普段の布団の中の温度が気になるところです。

2007年3月 9日 (金)

敗北

先週の日曜にK1をやっていて、韓国のチェ・ホンマンがマイティ・モーにKOされていたのを見た。
また、武蔵はともかくヘビー級のもう1つの準決勝ルスラン・カラエフvsバダ・ハリもスピーディーで思いっきり殴り合っていたのを見て、久々にK1で面白いと感じた。

それはともかく、「敗北」という言葉になぜ北という漢字があるのか気になったので調べました。
そもそも北という字は背中を向けるという意味。2人の人がお互いに背を向けて座っているような形に見えなくはない。
それに体を表すニクヅキ月を加えて背という漢字になっているらしい。

ということで、敗北は「敗れて北に行く」わけではなく、「敗れて背中を向ける」という意味なのだ。

中国では皇帝の椅子が必ず南を向いているので、反対の方角に「北」の漢字を当てたそうだ。

参考:敗北の語源


方角に関して知ってることを書くと、
中国ででてくる四聖獣なるものがあったと思う。
東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北の玄武。
中国の伝説上の名君として黄帝という人物がいる。
だから中心の色として黄色となる。
ここで挙げられた色「青、朱(赤)、白、玄(黒)、黄」というのはかなり特別扱いされる色でそれが日本語にも影響され「黄色い」などこれら5種類だけ形容詞にもなっているのをどこかで聞いた。

2007年3月 5日 (月)

目医者に行きました

1年以上ずっと目が充血していたので、目がやばいのではと危機感を持ちつつ、結局今まで行かなかったのですが、時間もできたので目医者に行ってきました。
その目医者にはおよそ10年ぶりだった(その時に作ったカードが残っていた)。
朝一番だとじいさんばあさんが多くやたらと待たされるだろうと思い、1時間ずらして行ってみた。
満員だった。
医者とつくところ(整体とかでも)ではいつもお年寄りが占拠している。
それも微妙に医者とおしゃべりしている。
こんなことも予想して本を持ってきていたのでどうってことはなかったのですが・・・どうにかしてくれないだろうか?

私の番が回ってきて視力検査などをした。
なんか目に空気をぶつけることで眼圧(目玉内の圧力)が測れるらしい。
で、結局は病気でもなく、疲れ目らしい。
パソコンとかをずっとやっているとあまり瞬きもせず集中して見ていることになるので目の毛様体筋の働きが衰え、ピントの調節能力が低下し、目が疲れるとのこと。目の筋肉疲労だそうです。
目を使いすぎると、細胞が活発に働いて酸素やエネルギー源が不足するので、血管を拡張して血行をよくするために充血が起こるらしい。

だから瞬きの回数を意識的にふやしたり、30分や1時間ごとに休憩を入れることを勧められた。
結局2時間かかった。私の診察はおよそ10分くらいだろう。

ちなみにこの二日前にアイガンで視力を測ったら、0.08でした。
一番上のCも見えなかった。